中井久夫

中井久夫は1934年生まれ、2022年死去。京大法学部進学後に医学部へ転籍。精神科医であり名エッセイストでもあった。専門は統合失調症の治療法研究。

解説は精神科医斎藤環

『「昭和」を送る』みすず書房

昭和天皇崩御4か月後に発表された。掲載誌は「文化会議」。単行本は2013年刊行。

架空のアメリカ人歴史家との対話という形式で語る。

昭和天皇は敵機の爆撃音にも微動だにしなかったという。大のカミナリ嫌いだったというから克己の所産だね。

生まれた時から、いかめしい老人たちが自分の前で緊張してかしこまっているという状況だね。なぜそうなのかわからないだろうね。とにかく、相手の緊張度に自分の緊張度の高さが合ってくるのは、対人関係一般においていえることだろう? 赤ん坊だってそうじゃないか。身体に慢性的に緊張が蓄積する。声帯が発声の前から緊張して、甲高い声になる。

大変なフロぎらいだったといわれるが、臨床経験からいうとリラックスすることを自分に許せない人だろうね。

しかし、競争とかそういうことは一切ないから、非常に純粋無垢な人にもなる――のだろうね。

昭和天皇が成長過程で置かれた立場に思いを巡らす。

天皇の幼い時など、最敬礼しつつ「このこわっぱが」と内心思っている臣下も少なくなかったろう。こういう微妙な二重性の毒気がどういう作用をするか。大体、責任を負わされて、しかも、自由裁量性が全然ないというのは、たいへん精神衛生に悪い。昭和天皇についていわれる、天衣無縫の天真爛漫さも精神の健康を守るためのものでありうる。意図的ということじゃなくてだよ。実際の昭和天皇は、”距離を置いて客観的にものを眺めること”detachmentのできる知的人物であると私は思う。

病跡学……精神医学の手法で天才や傑出人の創造過程を分析しようとする学問。これを昭和天皇に応用。競争がなくプレッシャーだけがある世界で生きていると天衣無縫となる。

「君側の奸コンプレックス」。日本人が天皇について考えるときの傾向。美智子妃バッシングなど天皇本人ではなく周囲の人を批判する。

「日本人は近代的自我がない」という知識人のコンプレックスがあるが、天皇に対する思いは英米に対する思いと似ている。天皇に期待する純粋さ、清潔さ、気品、伝統というイメージは英米に向けられるイメージと重なるところがある。アンビバレンツな感情。

危険な天皇が出てくる確率より危険な総理が出る確率が1000倍高い。昭和天皇は厳しい生活を強いられた。中井久夫はやたらと持ち上げるのではなく批判するのでもなく、天皇の尊厳を大事にしている。

戦争と平和 ある観察』人文書院

両者は対照的な概念ではない。戦争は進行していく「過程」であり、平和はゆらぎをもつが「状態」である。戦争は有限期間の「過程」であり、始まりがあり終わりがある。

戦争は語りやすく、新聞の紙面ひとつでも作りやすい。戦争の語りは叙事詩的になりうる。民衆には自己と指導者層との同一視が急速に行なわれる。単純明快な集団的統一感が優勢となり、選択肢のない社会を作る。

軍服は、青年には格別のいさぎよさ、ひきしまった感じ、澄んだ眼差しを与える。前線の兵士はもちろん、極端には戦死者を引き合いに出して、震災の時にも見られた「生存者罪悪感」という正常心理に訴え、戦争遂行の不首尾はみずからの努力が足りないゆえだと各人に責任を感じるようにさせる。人々は、したがって、表面的には道徳的となり、社会は平和時に比べて改善されたかにみえることすらある

戦争は容易に無秩序に向かうのに対して、秩序を立て直し維持し続けるのが平和。

秩序を維持する方が格段に難しいのは、部屋を散らかすのと片づけるのとの違いである。戦争では散らかす「過程」が優勢である。平和は維持であるから、唱え続けなければならない。すなわち持続的にエネルギーを注ぎ続けなければならない。しかも効果は目に見えないから、結果によって勇気づけられることはめったになく、あっても弱い。

平和の時代は戦争に比べて大事件に乏しい。人生に個人の生命を越えた(みせかけの)意義づけをせず、「生き甲斐」を与えない。これらが「退屈」感を生む

時とともに若い時にも戦争の過酷さを経験していない人が指導層を占めるようになる。その彼らは戦争を発動する権限だけは手にしているが、戦争とはどういうものか、そうして、どのようにして終結させるか、その得失は何であるかは考える能力も経験もなく、この欠落を自覚さえしなくなる。戦争に対する民衆の心理的バリヤーもまた低下する。そして、ある日、人は戦争に直面する。

戦争は過程だから戦争は人の興味をひきたてる、かっこいいと思うストーリーになる。戦争映画などフィクションになりやすいが、平和は物語性が乏しく、人をひきつける物語は生まない。部屋は常に片づけておかなければ秩序が崩壊するのであり、平和は常に維持する努力を続けなければ戦争が起こる。

「安全保障感」希求は平和維持のほうを選ぶと思われるであろうか。そうとは限らない。まさに「安全の脅威」こそ戦争準備を強力に訴えるスローガンである。

戦争開始直後、指導者が陥りがちなのは「願望思考」

ほとんどすべての指導層が戦争は一ヵ月か、たかだか三ヵ月のうちに自国の勝利によって終わると考える傾向がある。願望思考の破綻が明々白々となった後、容易に堕落して、「終結の仕方が見えないという形での堕落した戦争」となる。

長引く中で悲惨な出来事が起きる。兵士にもたらされる心の傷。

中井さんはミリオタだった。戦争のかっこよさは自分は知っている。その反省をこめて。「喪の作業」。

背筋が伸びるような「義」の精神が中井さんの著作に貫かれている。(以上、番組)

 

無類の軍艦好き・船舶好きで、子供のころから『ジェーン海軍年鑑』(英国発行)を読んでいたため、昭和9年生まれながらも戦時中の日本軍の戦果発表が誇張されていることに気づいていたと語った。

 

【出典・参考】